すをばふのおもちゃ箱

2017年6月18日日曜日

「パトリオット・デイ」ボストンに捧げる勇気の賛歌





ボストンマラソン爆弾テロ事件。
アメリカのマサチューセッツ州、メイン州、ウィスコンシン州の祝日である「愛国者の日」に行われた「ボストンマラソン」の最中に発生した爆弾テロだ。
本映画は、このテロ事件に巻き込まれたボストン市民、捜査に当たったボストン市警察とFBI捜査官に捧げられた賛歌である。



登場人物

トミー・サンダース(マーク・ウォールバーグ)
ボストン警察巡査部長で本作の主人公。
事件に関わった数人の警官をモデルにした、映画の為に作られたキャラクターで実在しない人物。


リック・デローリエ(ケヴィン・ベーコン)
FBI特別捜査官。
事件の捜査を指揮する。


エド・デイヴィス(ジョン・グッドマン)
ボストン警察警視総監。


ジェフ・ピュジリーズ(J.K.シモンズ)
ウォータータウン警察巡査部長。


ダン・マン
犯人に車をジャックされる中国人起業家。
彼の勇敢な行動が事件を解決に導く。



感想

今年のトップ10に必ず選ぶと思う

あの傑作「バトルシップ」を生み出した伝説の監督ピーター・バーグ
バーグ監督といえばあのおバカ映画だろう!というイメージも根強い。
だがしかし、実のところバーグ監督は演出の才能に溢れる、おバカもリアリズムも取れる有能ヒットメーカーなのだ。
本作「パトリオット・デイ」は、マーク・ウォールバーグと手を組んだ3作目。
これまでも「ローン・サバイバー」「バーニング・オーシャン」と、実話を基にした映画をこのコンビで手がけている。

典型的なアメリカ白人男性的外見のマーク・ウォールバーグ、昔はやんちゃしたけど最近は加齢で愛嬌も付いてきてイケメンじゃないけどなんかいい。
そんなザ・アメリカ人像な彼の熱い演技にピーター・バーグの演出がつけば、誰もが思わず敬礼したくなる映画が出来上がる。

ピーター・バーグ監督のすごいところは、熱いエンターテイメントとドキュメンタリー的リアリズムのバランスの良さだ。
本作も徹底的な取材に基づいた誠実なドキュメンタリーにしつつ、2時間越えの長い本編で一切途切れることなく緊迫感をもたせ続けたクライム・サスペンスに仕立て上げることに成功している。


圧倒的なリアリズム

そう、本作は犯人があらかじめわかった状態で追い詰めていく様を見せるクライム・サスペンスである。
警察や市民側と同時に犯人側の状況も描く。
その過程を描く為、事件に巻き込まれた被害者や警察への入念な調査を行っている。
セットで事件現場を再現する際は、実際の現場の通りを2.5cm進むごとに写真を撮り綿密に再現。
監視カメラ映像やFBI、一般市民の撮影した写真も取り寄せた。

この事件が発生したのは2013年。
映画化には時期尚早ではないかという懸念も当初はあったようだが、監督はこの映画で「悲劇」を描くのではなく、「悲劇」に立ち向かう人々を「勇気」と「希望」を持って描くことが大切だと考えた。
一切の妥協を許さない信念がこの映画の随所に溢れている。


とりわけ迫力があったのは凄惨な事件発生シーン。
まず冒頭で今後登場するキャラクターの日常や人となりを描き、それを全てマラソン会場の爆弾が吹き飛ばす。
道路は一面血の海になり、脚は飛び散り、あちこちで悲鳴が上がる。
当時の本物の映像も混ぜたハイテンポな編集が現場の緊迫感、被害者の痛みや苦しみが恐ろしいほど映像から伝わってくる凄まじいシーンになっている。
パニックに陥る事件現場と証拠の採取が終わるまで動かせない8歳の子供の遺体の隣で何時間も立ち続ける警官を交互に映すシーンでは、身体の痛みだけでなく心の痛みまで伝わってくる印象的なシーンとなっている。(凄いぞピーター・バーグ)
飛び散った肉片の隣を、事態がつかめていないランナーが不思議そうに走っているシーンなど、当時の凄惨さを妥協せず描いてるのでグロ耐性がない人はちょっと注意かもしれない。(R指定がつくグロさはないがバーグ監督の演出力で凄いものに見えてしまうから)
(ローン・サバイバーも痛そうな演技が凄かったしバーグ監督は痛みを観客に届ける天才なのかもしれない)

爆破の瞬間に居合わせたマーク・ウォールバーグ演じるトミー。
彼が必死に現場を収拾しようと奔走する演技は素晴らしい。
というのも、マーク・ウォールバーグの出身地はボストンである。
地元で起こった911以来最大のアメリカ国内テロと言われる本事件の映画化に、並々ならぬ思いを持って挑んだことは想像に難くない。(本人曰く25回もお世話になったというボストン警察を演じる気分はどんなもんだろう)

登場人物紹介でも書いたがトミーは実在しない
トミーはこの事件に関わった数人の警察官を合わせたキャラクターである。(もちろん嫁さんのキャロルも)
あまりにもたくさんの英雄が登場する映画のためその様な措置を取ったという。
このトミーという人物は数人の警官を誠実に複合させつつ、アメリカ人が感情移入しやすいキャラクターに作られていた様に感じた。


ケヴィン・ベーコンが演じたのは実在のFBI捜査官リック・デローリエ。
久しぶりに見る落ち着いて理知的なベーコンは「コップ・カー」で見たあのベーコンと同一人物とは思えない。
真顔で立っているだけであの迫力を出せるのはベーコンしかいない。
類い稀な俳優

他にもたくさんのキャラクターが出てくるが、あまりに語りつくせないのでここで終了。
この事件に関わった有名人から無名の英雄まで、余すことなく描こうという監督たちの心意気が凄まじい。
登場人物を一人残らずかっこよく描いているところにも惚れた。


そして後半は犯人追跡シークエンス。
ここがすごく面白い
どんな面白い映画でも中だるみや最後の尻すぼみはある。
だけどこの映画は時間経過に比例してどんどん面白くなっていく。
クライマックスのド派手な銃撃戦も勿論実話。
ウォータータウンの静かな街で突如飛び交う銃弾と爆弾。
犯人の手製爆弾の破壊力がリアルでその恐ろしさに身の毛もよだつ。
典型的な映画のド派手な爆発とは違う迫力のある凄い演出だった。


そして最後はボストンレッドソックスのデビッド・オルティーズ選手が本人役で出演。
通路でボストンの警官たちと握手をするとスタジアムへ移動。
そこで映像はこれまで活躍していた人物たち本人が登場する本物のイベントに切り替わる。
エンドロール前には本物の警視総監や爆爆発に巻き込まれた人々のインタビュー。(まるで特典映像)


実話を基にした映画で本人たちの映像を上映したといえば、イーストウッド監督の「ハドソン川の奇跡」を思い出す。
思えばあの映画も見た人に勇気を与える、当事者たちに捧げられた誠実なドキュメンタリードラマだった。
しかしバーグ監督は今回、本編のラストから流れる様にインタビューへ移行しエンドロールに入る前に全てを流した。
「ローン・サバイバー」ではエンドロールを流しながら犠牲者やその後の物語を語った演出を行っていたが、全てを本編の一部として編集した映画は初めて見たので少し驚いた。
イーストウッドでもやらなかったその一線を超えた理由は。
そこに込めた思いとは。


最後に

この映画を見てまず思ったのはテロへの恐怖だ。
楽しい祝日のイベントが突如地獄に変わる様子。
もし自分がコミケで本を求めて歩いているところに爆弾が爆発して脚が無くなったら、死んでしまったらと考えてしまう。
防ぎようのないテロからどうやって身を守ればいいのか、その答えは分からない。

しかし、この映画が描くのはイスラムへの偏見やテロ被害者の悲劇ではない。

映画が描いたのは「ボストンvsテロリスト」だった。
ボストンの街並み、有名なロケーションだけでなく田舎町の景色。
そしてボストンの市民たちだ。
「この街が犯人を見つけてくれる」という印象的なセリフや全学校、商業施設を完全封鎖した戒厳令状態の街。
街全体が一丸となってテロと戦う姿に心が動く。(お前の敵は街全体だ!)


最大の危機に直面した街が一丸となって最大の奇跡を起こしたボストンマラソン爆弾テロ事件の顛末を描いた「パトリオット・デイ」。
「愛が憎悪をはねのける」「この街は負けない」といったワードで締め括られる。
あまりにも盛り上がりすぎてこのままボストンが独立宣言するんじゃないかと思うほどだった。

世界最強のおバカ映画「バトルシップ」の監督が撮ったとは思えない、と思うかもしれない。
だが「バトルシップ」にも、実話映画化シリーズにも共通して「見る人を元気にする」パワーがあるという点で共通している。
ピーター・バーグはただの脳筋監督ではなくこんな映画も撮れるのだ。(ハンコックもトミーに近いところがある)

そしてこの映画が、昨今の氾濫するヒーロー映画へのバーグ監督とウォールバーグのアンサーにも思えた。
事件は突然起こる、そしてスーパーヒーローが飛んできて助けてはくれない。
だけど、この映画にはヒーローがたくさんいる。
警官が、救助に入った人が、怪我と戦う人が、犯人逮捕に一丸となる街の市民が。
強大なヒーローがいなくてもたくさんの小さなヒーローが寄り集り敵を倒した。
そんなスポットの当たらない彼らの存在を知ってもらうことも、この映画の目的だったのかもしれない。

「ボストンよ、強くあれ」
そんなメッセージが強く心に突き刺さった。
この映画はテロリストと戦った全てのボストンのヒーローに捧げる讃歌である。


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