すをばふのおもちゃ箱

2017年2月18日土曜日

今更振り返る「ジャック・ザ・リッパーDLC」




このジャック・ザ・リッパーというDLCは傑作ですね。
テーマとして「殺人という罪の重さ」をしっかりと描いている部分が、アサシンクリードの原点に立ち返っていて素晴らしい。

この記事は私の個人的な感想であり、これが正解とは限りません。
ですが、私はこの物語を以下のように捉え、傑作の脚本であると思っています。
うまくまとまらないけど言いたい雰囲気伝わったらいいな。





アサシンクリードと言えば、教義に則りターゲットを暗殺していくゲーム。
しかしその根底には、「許されぬことなどない」という信条に対するキャラの理解や、その罪に対する代償が描かれています。
4やユニティでは信条を警告と結論付け、許されぬことがないからといって好き勝手をすると痛いしっぺ返しがくるとしていました。
もちろんそれ以前の主人公もそれぞれに代償を背負っていました。

しかし、シンジケートの双子は爽やかに本編を終了。
すっきり遊びやすい話な反面、アサクリがそれでいいのかとレビューで叩かれる一面もありました。
しかし、このDLCの顛末こそが彼らに対する代償であり、ここまでプレイして初めて「アサシン クリード シンジケート」という作品は完成するのだと思いました。

1888年、エヴィーはインドで学んだ恐怖で戦意を喪失させる「非殺傷」の技を使うようになりました。
それは19世紀末、誕生した警察機関や行政による「法の秩序」の時代が到来し、アサシンにも変化が必要になったからだと思われます。
武器が隠し持てる物に変わったように、殺しをおおっぴらにして良い時代ではなくなったのです。



この非殺傷プレイは、時代によるアサシンの変化を描く設定面や、プレイヤーに新鮮なゲームデザインを届ける効果。
そしてなにより、ジャック操作時の残虐な殺しをプレイヤーにより嫌悪感として印象付け、ジャックの圧倒的な異常性を認識させる働きがあるのです。


ジャック・ザ・リッパーはテンプル騎士に母親を殺された貧民街の少年。
スターリックの死後、ジェイコブの弟子になり優秀なアサシンになりました。
しかし、彼らは時代に合わせて変化したことに、ジャックは反発。
アサシンは弱くなった、信条を曇らせたと幻滅し、自分がアサシンの規範になることを決意。
師匠である双子やその賛同者を皆殺しにしようとします。(ジャックに殺された女性も皆アサシン)

ここで注目すべきはジャックのやり方。
ターゲットを殺害するためにその周りの重要人物たちを狙っていったのです。
このやり方は、スターリックを殺すために双子が、謎の黒幕を引きずり出すためにアルタイルが、ボルジアを倒すためにエツィオが、コナーが、エドワードが、アルノが、テンプル騎士に行った方法と全く同じ。
みんな行ってきた殺しの手法なのです。

アサシンとして自分の哲学に基づく信条(怪物の信条)を持つジャック。
精神を病んでいて、母親の死以外の殺人を殺人とも思っていない男ですが、何か信条を持って教団を維持しようという考えではあるわけです。


つまり、このDLCはアサシンのやり方を全肯定する本編と対照的に、従来のアサシンのやり方に自然と疑問や不信感、不快感を抱かせるという究極の疑問を投げかけているのです。

そしてこのDLCは、古いアサシンの信条に決着をつけ、時代に合わせて変化するアサシンの戦いとも言えます。
これまでのシリーズのアサシンのやり方を推奨するジャック。
新しい技を身につけそれを否定するエヴィー。
「私は怪物じゃない!」と叫びジャックを滅多刺しにする姿、そして「ジャック、あなたは確かにアサシンだった」というセリフ。
これらはここまでのプレイで抑えてられてきた彼女が持つ怪物性(古いアサシンとして持つもの)の解放でもあり、ジャックの考えるアサシンの定義を認めつつ、過去の主人公たちのような古い時代のアサシンと決別するシーンでもあるのです。


今までアサシンが行っていた事も、見方が変わればこんなにも印象が違うということ、そしてそれを行っていたのはプレイヤーであり、我々も怪物だったと気づかせる。それがシンジケートの大きな主題のひとつだと思えます。
ジャックの信条、怪物の信条として描かれたアサシンの信条(Assassin's Creed)を、これで最後と言わんばかりに滅多刺しにして自分の手で終わらせるエヴィー。
ジャック・ザ・リッパーDLCは、アサシンの怪物としての側面を黒として描く挑戦的なストーリーであり、アサシンの変化の瞬間を描いた作品なのです。



おまけ

不思議なことに、中世を取り扱っている間はなんともなかったのですが、近代文明的時代に入った今作では、「警察は殺したくない」「馬車で人を轢き殺してもいいの?」という点がマイナスとして上げられるようになりました。
これまでも衛兵を殺しまくり、他のゲームでは警察もバンバン殺してるはずのゲーマーがアサクリにはそういう疑問を抱く。
これは、アサクリという混沌と狂乱の中世を舞台に独特のテーマを持たせた殺しを描いてきたゲームが、近代と中世の中間とも呼べる時代を迎えた事で発生した不思議な化学反応だと思いました。

最後も警察のお友達に頼んでアサシンの関与を隠蔽したり、独善的でダークな面がたっぷり描かれているのがたまらない。

このDLCは、プレイをうまく行えば暗殺ターゲット以外をすべて非殺傷で終わらせることもできるので、ターゲット以外をホイホイ殺す時代の終焉を更に深く味わうこともできるかもしれません。





本編の話も少し。
双子が作ったギャング団ルークスは、メンバーにスラムの貧民や児童労働被害者の子供、女性だからと鍵番にされたアグネスやトランスジェンダーのネッドといった、当時の社会的弱者に分類される人々を迎えた組織でした。

マクスウェル・ロスは、テンプル騎士というマジョリティ側のキャラであると見せかけて、実は同性愛の気があったという、この場合のマイノリティに分類されるキャラ設定でした。
スターリックに刃向かったということもあり、やはりこちら側の人間として描写している様に思います。
敵にもこういう人を一人混ぜ込んだのは実に面白い。

つまるところシンジケートの本編は、マイノリティとマジョリティの全面戦争を描き、アサシンが彼らと協力してロンドンを強者の抑圧から解放するのがメインテーマの物語なのです。
それならば気持ちよく勝ったほうが良いに決まっている。
だから本編は代償などに目を瞑り、虐げられる少数派の人々が気持ちよく勝利を収める爽やかな演出に徹したのでしょう。(その分DLCでのカウンターパンチは重い)
見せたい相手を選んで描写する内容をはっきり分けるのが上手いなぁと思いました。


本編も現代編もDLCもシンジケートはストーリーが素晴らしい。傑作ですよ。

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